知っておきたい御代替わりと大嘗祭の話

皆様、こんばんは。早速ですが、年明けからリクエストをいただいていた皇居ツアーが、やっと実施できそうです。

準備に当たり、皇居のことばかりではなく、ご皇室のこと、日本神話、御代替わり(みよがわり)のことなど、私自身も改めて復習いたしました。

今日はその中から、特に皆様に知っていただきたい大嘗祭(だいじょうさい)について、少しだけ紹介さしあげますよ。

よろしくお付き合いくださいませ。

 

▼目次

 

(初稿:2019年12月12日)

 

御代替わりと大嘗祭

令和元年(2019年)11月14日夕刻から15日の明け方まで、皇居の東御苑に造立された大嘗宮で、新天皇陛下による大嘗祭が行われたことは、記憶に新しいですね。

大嘗祭や御代替わりというと、天皇陛下の交代式のイメージがあるかもしれません。厳密にいえば、大嘗祭は御代替わりの儀式そのものではないこと、ご存じでしょうか。

ところで本来の大嘗祭は、五穀豊穣を祝う収穫祭であったといいます。

似ている神事として、新嘗祭(にいなめさい)という年に一度のお祭りもありますが、新嘗祭は日本版の収穫祭のようなもの。秋になると、毎年、繰り返し行われることになっています。

一方、大嘗祭は一世に一度、新天皇が即位した直後の11月に一回きりしか行わない点で、違いがございます。

 

御代替わりと即位式

天皇陛下が即位することを、践祚(せんそ)という言葉で表現します。

践祚のために最も重要なのは、三種の神器の継承が継承されること。三種の神器とは、日本神話でおなじみの、八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙の剣の3つですね。

天皇の地位の引き継ぎは、三種の神器の受け渡しが完了すれば、もう遂げたことになるのだそうです。

令和の即位礼については、テレビでも紹介されていましたね。束帯姿の天皇陛下と十二単の皇后陛下が、天蓋付きの台座にお上がりになっている様子が放送されていたのが、即位礼正殿の儀という中心的なセレモニーでした。

大嘗祭については、ご即位にあわせて行われる神様への報告式と考えればよいかもしれません。現代の神道でも、ご先祖さまのことを、土地や子孫を守ってくれる神様として祀る伝統がございますね。

御代替わりには沢山の儀式が必要ですが、中でも重要な決め事をする時は、その前後に神様に報告をさしあげること、これが習わしになっているんですね。

 

知っておきたい大嘗祭の歴史

法律的には、即位礼さえ終えれば新天皇の誕生となるのですが、世間的には大嘗祭を経なければ一人前の天皇ではない、とも考えられていたといいます。そのくらい、大切な儀式だったということですね。

一人前の天皇ではないというのは、歴史を振り返ると、即位は出来ても大嘗祭を行うことのできなかった天皇が実在するからです。

今のようなスタイルの大嘗祭が始まったのは、飛鳥時代、天武天皇の頃といわれていますが、日本が武家社会に変わったことで、天皇陛下の権威が低下、朝廷にお金がない時代もありました。

朝廷がもっとも困窮したのは、おそらく江戸時代・徳川幕府が栄えた頃でしょう。この時期の御所では、雨漏りの修理費用さえ出せないほど困窮していたといいます。

当然、大嘗祭はおろか、伊勢の式年遷宮や斎宮制度さえ、実質的に打ち切らねばならないほど、朝廷にはお金がありませんでした。

徳川綱吉の時代になってから、将軍家のバックアップを得て大嘗祭だけは復興させることができたものの、それまでの間は大嘗祭を行っていない天皇が続いていたのです(もちろん、式年遷宮や斎宮も停止)。

復興前、大嘗祭のできなかった天皇を指す「半帝」という言葉があったといえば、これがどれほど大切な儀式と考えられていたか、お分かりいただけるのではないでしょうか。

 

大嘗祭には秘儀がある?噂の真相

令和の大嘗祭が行われるにあたり、一部のマスメディアでは、大嘗祭の秘儀なるものが存在するとして、噂になったことも記憶に新しいかと存じます。

私自身も様々な調査をしてみましたものの、現在の大嘗祭の儀式次第には、それらしいものは見当たりませんでした。

大嘗祭の一番の目的は、新天皇陛下が御自ら、神様にお供えをなさること、御告文(=祝詞)を奏上なさること、この2つに尽きるようでございます。

大嘗祭に秘儀があるとの噂が生まれたのは、少し前に流行った学説と、大嘗祭の寝殿に用意される道具に理由があるようです。

天皇陛下がお籠りになる神殿の床に、真床追衾(マトコオフスマ)などと呼ばれる敷物が用意され、一見すると寝所のようになっているため、これに聖婚の意味があるとする見方が生まれたのだとか。

実際のところ真床追衾の起源は、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)のおくるみ(赤ちゃんを包む布、布団のようなものだったと考えられる)にあるらしく、聖婚儀礼を初めとした秘儀は存在しないそうです。

瓊瓊杵尊のあるべき場所に、新天皇陛下が座すこと。それが大嘗祭の意味であり、真床追衾はこれを象徴する道具なのでしょう。

 

誤解されて来た大嘗祭の意味

なぜ天皇陛下は大嘗祭を行うのでしょうか?

これまでの学説では、大嘗祭とは天照大神様と新天皇が一体になる儀式だ、とも考えられていたそうです。

折口信夫という偉い先生が、「大嘗祭によって、新天皇の身体に天皇の魂が入る。この結果、新しい天皇陛下が正統な国家君主になるのだ」という見解を発表したために、この影響が世間に広まっていたのだそうです。

しかしながら、大嘗祭の神殿に設けられた天照大神様のお席には、天皇陛下であっても近寄ってはならないことになっていることを理由に、折口信夫の説は否定されるようになりました。

神様の席に近寄れないなら、陛下=天照様ではない、と考えられるからですね。

残念ながら今でも、これだ!と決着をつける結論は出ていないそうです。それでも私自身、一番納得できたのは、天孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に天皇をなぞらえる説でした。

 

日本神話と皇室の関係

瓊瓊杵尊は、天照大神のご命令に従って、高天原から地上へ降臨したとされる人物です。天つ神の子孫ということで、一般的に天孫といえば、この方を指します。

瓊瓊杵尊は地上へ降りて来るときに、天照さまに認められた印として三種の神器を授かり、稲作をしなさいと言われたことになっていますね。つまり、この神話がそのまま皇室と日本国の原点になっているのです。

以降、天照大神様を祀る役目は代々の天皇陛下に受け継がれ、2019年には令和の時代を迎えることになりました。御代替わりの本質は、天照大神との約束を果たすために、人間界の代表者が交代すること、といえるのではないでしょうか。

神話の時代から、天皇陛下とは国を代表する巫者だったから、今でも宮中では様々な神事が日々行われているのですね。

宮中で祀られる神様の中でも、一番尊い天照大神様に対して、「祭祀の担当者を交代します」と報告するのが大嘗祭なのでしょう。

 

国民的なお祭りだった新嘗祭

大嘗祭とよく似た儀式に、新嘗祭(にいなめさい)があります。これは、御代替わりの有無にかかわらず、毎年11月23日に行われるもので、日本的な収穫祭と考えてよいでしょう。

「にいなえさい」と呼んでいた時期もあるらしく、名前のとおり、その年に収穫した新米をいただく儀式です。

大嘗祭と新嘗祭の違いは、まず、規模の違いがあります。新嘗祭のメインは、天皇陛下によるお供えで、陛下が御自ら田んぼで育てた新米を天照大神様にお供えなさいます。

皇居にはもともと宮中三殿という、宮中祭祀を行うための場所が用意されていますので、大嘗宮のように特別な建物を造ることはしません。それから大嘗祭では、全国から寄せられる、様々なお供え物を用意するそうです。

このことから大嘗祭の特徴は、日本国民が総出で奉仕すること、ともいわれるほどだそうですよ。

 

大嘗宮と神様の話

ここからは、いつも通り私個人の神様にまつわるお話を申し上げます。

皇居では、2019年12月8日まで大嘗宮が一般公開されておりましたね。せっかくなので、私も一般参観に行って参りましたところ、ちょっと不思議な体験をしました。

私がお邪魔したのは、大嘗祭の実施後のこと。神様が出てきて話した・・・という訳ではないのですが、いざ訪れてみると確かに大嘗宮には神様のエネルギーが宿っていると感じました。

日ごろから、日本有数のパワースポットともいわれる皇居ですから、もともとエネルギーに満ちた場所ではあるのですが、大嘗宮から感じられたのはもっとのんびりした、古代の神様の気配でした。

ご皇室の神様ですから、もちろんベースは伊勢のご神気なのですけれど、もうひとつ、何か懐かしい気配があります。どこだったか思い出してみると、京都の平野神社さんでした。

調べてみたところ、主祭神ではないのですが、大嘗祭でお招きする神様の中には、平野さまが入っているという記録を見つけました。悠紀殿・主基殿の神事では、食べ物をお供えするので、竈の神など、飲食物の神様もお招きするらしいのです。

面白いなあと思って、大嘗祭の儀式次第まで確認したところ、京都で行われていた頃の大嘗祭では、今の北野天満宮~平野神社のあたりが、浄域との境目になっていた様子。

西陣とも呼ばれるこの地域には、北野という地名がありますが、これは昔の京都御所の北側にある野、というのが由来だったのだそうですよ。

そして、旧京都御所での大嘗祭のときは、この地域から北野斎場という専用の場所を占いで定め、大嘗祭の準備に使っていたそうです。

京都ツアーでお会いした皆様とはお話しましたが、西陣は私のお気に入りの場所。京都で癒しを求める私は、よくこの地域に滞在しておりますが、こうして見ていくと結局、私自身が伊勢の神様を好きなのかもしれません。

個人的には大嘗宮のある期間は、いつもより元気をいただけるように感じましたし、魂の故郷が蘇ったような感動があり、胸の熱くなる思いがした次第です。以上、意外すぎる結末になった大嘗宮の見学でした。

 

大嘗祭をもっと知りたい方へ

最後に、大嘗祭について深く知りたい方のために、書籍を紹介さしあげます。

今回の記事をまとめるにあたり、私も色々な文献を読みましたが、得に参考にさせていただいたのは、以下の本です。

何度か紹介している吉野裕子女史の書籍ですが、大嘗祭については陰陽五行説が日本で本格的にじつっ用された時期なども考えると、ちょっと無理があるかな?という部分もあるため注意を。

図書館で資料を検索するときは、宮内庁だけでなく、國學院大學の監修したものや、「大礼」のキーワードで検索しても信頼性の高い文献が見つかり易いです。

本を読みなれていない方は、皇室の祭祀に関しては、ふつうの神社よりも各段に難しい資料が多いです。神様のことだけでなく、歴史・憲法・神話などの基本を押さえていないと躓くかもしれません。

こちらで紹介したものは、比較的読みやすい文章で書かれていますが、研究書なので内容的には高度です。

手軽におさらいしたい方は、いきなり本を買うよりも、宮内庁のホームページで公開されている御代替わり特集のページから入るのがお勧めですよ。

法律文書に慣れている方であれば、儀式の次第などもオンラインで配布されていました。

 

以上、本日も最後までお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました!

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