空海の見た宇宙とは?熊野と神仏習合の世界

皆様、こんばんは。最近、見えた聞いた系の記事が続いてしまったので、久しぶりに少し真面目なテーマを語りたく存じます。

▼目次

今回お話しするのは、伝統的な日本人の宇宙観とはどんなものだったか?ということ。根底にあるのは、私が霊場で得たチャネリングのようなものですから、読み物として楽しんでいただければ幸いですよ。

チャネリング系の記事は一度に入って来るため、順序立てての説明が下手になっているかもしれませんが、よろしくお付き合いくださいませ。

(初稿:2019年6月4日)

 

神仏習合の原点は熊野にあり?

日本の伝統的な宇宙観といえば、代表的なのは神様と仏様が協調して営まれる世界、いわゆる神仏習合ですよね。神と仏が一体になった世界観については、私もずっと前から書きたいと思っていたのですが、ついぞ筆を取らないままにしてきたテーマでした。

この記事のもとになる経験をしたのは、以前、十津川村から熊野をめぐったときのこと。

熊野を含む紀伊山地には、他にも吉野や高野山のように名実ともに一流の霊場が集合しており、このような伝統的な聖地は神仏との心の交流を促してくれるのか、私にしてみれば神様のひとりごととでも呼びたいものを、受け取りやすい場所でした。

神様のメッセージを受け取ることは、頭の中に書籍をダウンロードするのに等しく、短くまとめるのは難しいところがありますが、私なりの抄訳を書きますと、玉置神社や熊野本宮大社のある地域では、次のような言葉がよく飛び込んでくるのです。

これが神様のひとりごとならば、神仏習合は紀伊山地に宿る神様の世界観なのかも?という内容です。

 

神様のひとりごと「命は曼荼羅」

熊野、吉野、高野山、いずれかひとつでも訪れたことのある方はご存じかと思いますが、紀伊山地は、日本でも有数の深い山に覆われていますね。これらの場所へ行くとき、私がいつも最初に受け取るのは、「命は曼荼羅、世界は曼荼羅」というメッセージです。

玉置神社に参拝する途中、山の上から大地を見渡すと、眼前に広がる命が全部、一斉に歌っているような感覚に襲われるのです。

森・虫・魚・鳥などの異なる命が、オーケストラの大演奏のように、それぞれの音色を奏でながら調和している様子は、正に命の和讃であり、宇宙が合唱する姿そのものであると感じます。

隣り合う命が手を結び、お互いを養いながら、循環と繁栄を繰り返す。そんな宇宙のシステムは、神様が描いた一部の無駄もない交響曲のようですね。

共鳴するほど、豊かに栄えること。つまり共栄共存が命の本質であると、絶えまなく人間に囁くのが紀伊山地の霊場であり、そこに宿る神様の心なのではないでしょうか。

 

両部神道に宿る神様のメッセージ

紀伊山地の神様のメッセージを振り返るたび、私が半ば本気で思うことがあります。それは、真言宗から両部神道が生まれた理由は、弘法大師空海の修行の地が紀伊山地であったからではないかということ。

まだ学術的に証明されてはいないようですが、空海が高野山に自分のお寺を開いたのは、若い頃にこの地域で山岳修行に励んでいたからでは、との説があるのです。

弘法大師さまの宇宙観には、中国やインドの仏教そのままではない、多少独特の発想が含まれているともいわれます。これについて、その独創的な発想は、紀伊山地の神様の心からもたらされたのではないかと、個人的には思うのです。

ご存知ない方のためごく簡単にいうと、両部神道とは空海の思想から生まれた仏教的な神様の捉え方をいいます。両部神道では大日如来を宇宙の中心ととらえて、日本の神様でさえも仏が姿を変えて現れたのだと考えるそうです。

つまり、神様と仏様は外観が違うだけで、本質的にはひとつ、大日如来の化身であるというのですね。

このような発想は、その後、神仏習合という日本的な思想の礎になり、明治時代の神仏分離までは日本人の精神世界で最も基本的な考え方になっていました。

 

紀伊山地に広がる大曼荼羅

両部神道が唱えるような、神様=仏様という宇宙観を、絵で表現すると曼荼羅になるそうです。

しかし、私はむしろ紀伊山地の神様の心を知ろうとするとき、人間の頭に飛び込んでくるのが曼荼羅のような宇宙観ではないか、と思うときがあります。

つまり、両部神道の考え方にあわせて信仰が発展したのではなくて、神様の意志を継いだ発想が、両部神道で説かれて、それが日本人の心に定着したのではないかと思うんです。

仏教よりも神様が先と言いたい訳ではないけれど、十津川村などは歩きながら雄大な山々を眺めているだけで、誰でも自然に曼荼羅を感じられるような土地柄なんですね。風景の中に、宇宙とは、和讃しながら輪廻する無数の命であると、語る何かがあります。

だとすれば、これ自体が紀伊山地の霊場に宿る神様のメッセージであると考えられないでしょうか。

実際、紀伊山地は自然が険しいわりに、いつの時代も修行場として人間を受け入れていますし、源義経のように敗走する者の最後の砦ともなるなど、懐の深さを失ったことがありません。

昔は死んだ者は皆、熊野に行くという伝説もあったそうですが、生きとし生けるものすべてを看取るような、懐の深い神様が熊野権現であると私は思っておりますよ。

 

弘法大師が立体曼荼羅を好んだ理由

ところで弘法大師空海の開いたお寺といえば、京都の東寺、和歌山県の高野山が有名ですね。この2つのお寺には五重塔、大塔と呼ばれる塔があって、どちらも内側に余すところなく仏様が描かれています。

素人の私が言うのもおこがましいのですが、熊野などを歩いていると、なぜ弘法大師が仏の世界を立体的に描くことにこだわったのか、その理由が分かる気がする時があるのです。

これも神様のひとりごととするならば、いわく、曼荼羅の中心になる大日如来と自分がひとつになると、自らの四方上下の全てを仏に取り囲まれていることが分かる、と。宇宙は見渡す限りの仏で構成されているという真理を、立体的に表現したのが五重塔や大塔だ、と。

なぜならば、五重塔や立体曼荼羅のようなものを見れば、そこに入るだけで誰もが簡単に、仏に囲まれた世界を疑似体験できるからということらしいのです。

立体曼荼羅の中で得た教えを塔の外まで持って行けば、私たちはどんな時も仏に囲まれていて、世界があらゆる姿をした仏で構成されていることが、自然に分かりますよね。

弘法大師空海が、絵画としての曼荼羅図を残すだけでなく、立体的に眺められる曼荼羅を残すことにこだわった理由。それは、生きた人間がそのまま入って行ける即身成仏の世界を、誰にでもより分かり易く表現したいとの、お大師様の志かもしれないと、私はこうした経験から思うようになりました。

 

弘法大師空海をもっと知りたい方へ

以上、もっと細かいことを言えば、お大師様は留学する前に奈良で仏教を学んだといわれ、その頃に受けた影響などの細かい話もありますので、ここにはすべてを書ききれておりません。

弘法大師様の生涯については、色々な本が出版されておりますので、興味のある方は一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。

以下、初心者向けの書籍を何点か紹介いたします。

1.

眠れないほど面白い 空海の生涯: 1200年前の巨人の日常が甦る! (王様文庫)

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弥生, 由良
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2.

空海・高野山の教科書

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今回は、熊野、吉野、高野山という聖地に宿る神様の心から、神仏習合とは何かを解き明かしたく、このような記事をまとめました。

私のチャネリング的なものからいえば、こんな風に考えますという話なので、楽しみ程度に読み流していただければ幸いです。

 

それでは本日も最後までお付き合いいただいた皆さま、ありがとうございました!

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