出雲で一番不思議な聖地・揖夜神社

皆さま、こんばんは。

本日は島根県出雲地方の少し珍しい神社さまを紹介したく存じます。その神社とは、揖夜神社(いやじんじゃ、あるいは揖屋神社)さま。

私はこちらで、聖地とはいわゆるパワースポットだけではないと、体験的に知る貴重な機会をいただきました。

普通の神社めぐりでは物足りなくなってきたという皆様、よろしくお付き合いくださいませ。

 

▼目次

(初稿:2018年3月29日、最終更新:2019年6月29日)

 

冥府の神様・揖夜神社とは

私が揖夜神社さまを初めて訪れましたのは、出雲めぐりの旅の最中のことでした。

出雲地方の有名な神社をいくつも訪ねたのですが、その中でも特別に個性ある神社様として最も印象に残ったが、実はこの揖夜神社でございました。

あまり宣伝されない場所なので、初めて耳にする方も多いかと存じますが、御由緒のとおりであれば、出雲大社よりも古くから存在した神社といえる、とびきり古い不思議な聖地です。

なぜなら揖夜というこの地、もとは伊賦夜坂(いふやざか)とも呼ばれていたといい、古事記に登場するあの世の入り口「黄泉平坂(よもつひらさか)」に当たる場所ではないか、といわれているのですね。

 

古事記に登場する冥府の門・黄泉平坂

古事記によれば、出産で亡くなった伊邪那美命は死後、黄泉の国(死後の世界)へと行ってしまいました。夫である伊邪那岐命(イザナキノミコト)はそれを嘆き、妻を連れ戻そうとして自らも黄泉の国へ赴きます。

しかしながら、既に黄泉の国の食べ物を口にしてしまった妻・伊邪那美命(イザナミノミコト)は、冥府の神たちの許しがなくては地上へ帰れないと、夫を待たせたまま、なかなか戻って来ないのです。

待ちくたびれた伊邪那岐命が、妻の隠れた御殿の奥に灯をかかげたところ、そこには亡者の恐ろしい姿を露わにした伊邪那美命がおりました。びっくりして逃げ出した夫に対して、伊邪那美命は醜態を晒させられたと、怒りのままに追いかけます。

様々な追っ手から逃れて、命からがら伊邪那岐命がたどり着いた場所が、黄泉平坂。あの世とこの世の境目となるこの地に道を封じる岩を置き、伊邪那岐命は彼方の妻へと別れを告げたのでした。

 

揖夜神社と出雲大社はどちらが古い?

先に紹介した逸話は、古事記の中でも神代記と呼ばれる序盤に登場する物語で、人間が死ななければいけなくなった理由を語るドラマティックな神話です。

出雲大社のご祭神である大国主命は、伊邪那岐命、伊邪那美命の夫婦神の子供である素戔嗚命の義理の息子にあたりますから、神話の順序で考えれば、出雲大社が創建されるのは黄泉平坂の誕生よりずっと後のことになりますね。

このような背景もあり、黄泉平坂を祀る揖夜神社さまは、日本でも一番古い部類の神社ではないかと考えられているそうですよ。

 

揖夜神社の不思議な話

ここからはスピリチュアルな要素が入って参りますので、神社や神様の不思議な話が好きな方にのみ、お付き合いいただきたく存じます。

私が揖夜神社を訪ねてすごいと感じたところは、とにかく不思議なエピソードが多いこと。現代にも、そんなことがあるんだなあ、と驚くような不思議な実話の多さを思えば、まるで揖屋の地そのものが不思議な世界の存在を肯定しているようでもありました。

神社にて直接うかがったお話しによりますと、そうした揖夜神社のスピリチュアルな存在感に惹かれるのか、こちらには格別に熱烈なファンとなる方が多いのだとか。

例えば、遠方から訪ねて来たのに、境内のご神気に圧倒されてしまい、なかなか門から中へと入って来られなかった参拝者さんの話。

あるいは、外国人であるにも関わらず、揖屋の地に一目ぼれしてしまい、自国の方を対象にしたスピリチュアルなツアーを企画して、皆と定期的にお参りしている方の話。

更には出雲大社よりも、揖夜神社に参拝したいがために、地方から飛行機で出雲へやって来る方もおられるとか。

こうしたお話を、非常に嬉しそうに語ってくださった宮司さんの様子が、今でも強く印象に残っております。

 

不思議な世界の存在を告げる揖屋

もちろん、神社仏閣には相性がありますから、揖夜神社のように独特のカラーのある神社ですと、好みも分かれるでしょう。

一方で、こちらと相性の良い方は皆さん揃って、とにかくこの空間が心地良くて離れたくない、と仰るともうかがいました。外国から駆けつけて、何時間もタクシーを待たせてまで、揖屋の土地を偲ぶ方までいるとのこと。

こうした神仏への熱狂的なエピソードをありがたい出来事として捉える神仏に肯定的な姿勢も、この神社の魅力のひとつかもしれません。

地域の博物館などを訪れてみると分かるのですが、出雲地方は近代化の波が届くのが遅かった地域だそうで、その分、地域の人が受け継いできた伝統もまだ色濃く残っているように感じられます。

出雲の深い森や、宍道湖の底から、神様や妖怪がひょっこりと顔を出すのではないか。誰彼ともなくそんな話を始めたくなるような、あるがままの日本が見え隠れする土地柄なのでしょう。

 

私が感じた揖夜神社の魅力

実は私も、ひとめで揖夜神社を気に入ってしまった一人です。

勝手な印象ではありますが、最初にご本殿を見た瞬間、自分にあったカラーの神様だなと、畏れながら親近感のようなものを抱いてしまい、妙に土地に馴染んでしまいました。

自分なりに理由を述べるとすれば、この地に満ちるご神気がうっすらと赤紫色を帯びており、それがどこか私の守護霊や、実家の仏壇のまとう気に似ているからなのだと思います。

陰と陽どちらの聖地かといえば、黄泉路の入口ですから間違いなく陰ではありますが、私の敬愛する貴船神社も同系統の地ですし、神様と人間のカラーによる相性があるのかもしれません。

人間でいえば他人の空似というところでしょうが、こうして結ばれる縁もあるのかと感心してしまいました。

ただし、後になってからもう一度訪れたときは、なぜだか少し雰囲気が変わって感じられたときもありましたので、参拝のタイミングで印象が変わりやすいのかな、とも感じます。

季節や時間帯で雰囲気の変わりやすい神社は、おそらく暦の影響を受けやすい性質があるのでしょう。

考えてみれば、死者の弔いは(仏教ですが)お彼岸、お盆など暦を考慮して行う部分があるものです。黄泉の国とつながるのが揖夜の地とすれば、影響を受けやすいのも当然かもしれません。

晴れた日、午前中の参拝ですと心地よさを感じ易いのではないでしょうか。

 

個性的な揖夜神社のパワー

揖夜神社がどんな聖地かというと、私はこの力を「究極のゼロ」とでも呼びたく思います。

おそらくは葬送のための土地だったのでしょう。埴輪や土偶の埋まっていそうな気配が、神社の周辺に濃厚に漂っていました。

実際、黄泉平坂から揖夜神社のあるエリアは、古代の葬送の地だったらしく、古代人の亡骸がたくさん出土したといいます。あるいは集団陵墓、共同墓地のような役目のある土地だったのかもしれません。

事実をみても、死者のための聖地であることは間違いないのですが、私の印象を申せば、絶対的な平穏に包まれた地でもありました。

例えば、西洋社会では、墓石にR.I.P.(Rest In Peace=安らかに眠れ)と刻む風習がございますね。揖夜神社はそれを連想させる、限りなく深くて、安らかな眠りのための聖地であると感じました。

もしかすると、古代の人々にとって死は怖いものでさえなく、ある日ふっと訪れる不思議な眠りだったのかもしれません。

あらゆる命に永遠の安らぎを与え、その平穏を守るのが、揖夜神社における伊邪那美命なのではないかと思いました。

 

揖夜神社が語る古代人の死生観

話が広がってしまうのですけれども、現代人(というより日本人)が死を恐れるようになった理由は、仏教の影響かもしれないと、私は揖夜神社を訪れて真面目に思いました。

仏教による死後の世界のイメージは、閻魔様、地獄、拷問のような、恐怖を伴いますね。日本で仏教の価値観が受け入れられると同時に、死ぬのは辛く苦しいこと、という認識も広まったのではないでしょうか。

揖夜神社を見ておりますと、仏教以前の日本人の死生観では、死=朽ち果てること、というとても単純な考え方をしていたのではないかと思います。

だから死んだはずの伊邪那美命でも、朽ち果てた姿はしていても、夫の伊邪那岐命を追いかけて来るくらい元気ですよね。

黄泉の国に行っても、嘆くことも悩むこともないけれど、死者はただ穢れの中に浸されてしまう、という感覚が古事記にはよく表れている気がします。

この地に埋葬された魂には、死への恐れや苦痛の念が感じられず、ただ安らか。こんな死の受け入れ方があるのか、と私にはカルチャーショックとなった体験でした。

 

揖夜神社の神様のスピリチュアルな話

揖夜神社にて、古代人の聖なる死を目撃するうちに、私にはある考えが浮かんで参りました。それは、なぜ、この地に祀られているのが伊邪那美命という女神様なのかということです。

不思議なことに揖夜神社にいると、死ぬことは胎児に戻ることかもしれない、という無条件の直観が生まれてくるんですよ。境内を包むご神気があまりにも優しく穏やかなので、死者の地といいながらも、子宮の中に守られているような感覚がありました。

辛さも、苦しさも、痛みも、すべて手放して安らいで良いよ――そう語りかけてくるような土地の性質は、やはり母親的で、ともすると麻酔薬のようでさえある。

胎児をわが身に養う母親のように、あらゆる命を包んでしまう不思議な聖地だからこそ、ここを訪れる人はいつの間にか、恐怖心や不安を手放せるのではないかと思います。

 

女性性と死後の世界のつながり

なお、これは私の考察のおまけなのですが、あらゆる命の母である伊邪那美命が、なぜ冥府の女王となったのかについても、揖夜神社を訪れて分かった気がしました。

チベット仏教では、人間が生まれ変わりを繰り返さないで済む方法、つまり解脱して魂の修行を完了させる方法を説いており、その奥義を記した書物を死者の書と呼んでいます。輪廻転生を卒業するこの秘法は、子宮の口を塞ぐ方法とも呼ばれるそうです。

時代も国も異なりなすが、古代の日本でも、妊娠と出産を担う女性こそが、生命の運命を決める不思議な力を持つ存在と見なされたのではないでしょうか。もちろん、この頃の日本には生まれ変わりという思想はなかったはずです。

それでも、生命の終わりと始まりを司るのは、女性の役目という原始的な発想があったのかもしれません。女性の神である伊邪那美命には、人間の輪廻転生さえ意のままにする力があるのかもしれないと、畏敬の念が湧いてくる思いでした。

 

揖夜神社のお守りのこと

揖夜神社はいろいろと思い出深い土地なのですが、更に不思議な小話をひとつ。

この神社を参拝した時、時間が余っていたこともあり、いつになく宮司さんとの立ち話が弾んでしまい、色々なことを教えていただきました。

揖夜神社のこと、周辺地域の古来の風習など、よどみなく語っておられましたが、なんとこの宮司さん御年85歳なのだとか。背中が曲がっていないどころか、髪さえ黒髪のままでしたので、これには心底びっくりしてしまいました。

神様のご加護を一番いただいているのは、やはり神社の方なのかもしれませんね。

それからこの神社では珍しく、お守りを拝受しました。お守りは、一年でお返しするのが基本の作法とされていることから、私の場合、遠方の神社のお守りは頂かないようにしていましたが、流れでそうなったのですね。

御朱印をいただいた時たまたま小銭が足りなくなってしまい、社務所でもお釣りをきらしていたため、志納金として相場より多めの金額を納めようとしたところ、お代に見合うようにとお守りを持たせていただくことになりました。

いざ頂いてみると、これが何やら普通のお守りよりも強い様子。お守り袋から感じる、眠気を誘うお香のような気は、他には類のない珍しいもの。じんわりとした温かさも感じられ、結果的にいただいて良かったな、と思いました。

(なお、揖夜神社のお守りは何種類かあり、私がいただいたのはこちらで基本とされる、白地に金糸で揖夜神社御守と刺繍されたものです。)

効果は厄除けとのことですが、黄泉の国を司る伊邪那美命のお守りは、このうえなく頼もしい存在となっております。

 

出雲の神話をもっと知りたい方へ

現在、出雲と呼ばれている島根県~鳥取県にわたる地域には、独自の神話が存在します。出雲の神話は、古事記に登場する物語とよく似ているものの、ところどころで違いがあって、2つを読み比べするのも面白いですよ。

出雲の神話は、昔、この地域で編纂された出雲国風土記とよばれる書物によって、今の世まで受け継がれています。日本の神様が好き!という方に、以下、出雲国風土記の訳本を紹介致します。

 

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山陰の古事記謎解き旅ガイド

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最後、こちらは古事記に登場する出雲をテーマにまとめられた、ウォーキングガイド。伝説の要所と、その舞台となった史跡の地図、地元の口伝などがコンパクトにまとめられています。

ただし、書き込み式の薄い本なので神話の詳細はありません。ひととおり出雲を知っていて、これから神話めぐりをしたい!という方向けです。

 

以上、島根県は出雲の揖夜神社の思い出をお話致しましたよ。

それでは、本日も最後までお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました!

 

 

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