神社仏閣・神様に歓迎されているサインとは

皆様、こんばんは。今日は、実際に読者様にお会いした経験から、テーマを選びました。

私が寺社の案内を始めて、意外に思ったことがあります。それは、予想以上に神様に歓迎されたサイン、あるいは歓迎されないサインを気に掛ける方が多いこと。

特にツアー参加がスムーズに行かなかった方から、もしかして神様に呼ばれていないのかも・・・との心配のお声を頂戴しました。

しかし、本当に神社仏閣から歓迎されなかったり、拒絶されたりすることはあるのでしょうか。本日は、噂の真相に迫って見たく存じますよ。

 

▼目次

(初稿:2019年4月24日、最終更新:2019年7月3日)

 

神様に歓迎されているサイン

まずは、神様に歓迎されるサインとはどんなものか、一般的にいわれる例を確認して参りましょう。

①お天気が変わる

最もよくいわれる神様に歓迎されたサインとは、例えば急に太陽が差す、通り雨が降るなどの空の変化ではないでしょうか。

通り雨については、狐の嫁入りの別名もあるように、古来、神霊の起こす不思議な現象と考えられていたようです。お稲荷さんで、晴れの日の通り雨に遭遇したら、神様同士でお祝いごとでもしているのかもしれませんね。

更に古い時代には、陰陽道の占いで、天候から物事の吉兆を判断するという習慣がありました。中でも幸運のサインとされていた現象に、日輪や彩雲の出現が挙げられます。

日輪は、太陽光の回りに出る虹色の輪のこと。彩雲は太陽光を受けて雲に色がついて見えることを指します。

あるいは、古代の中国では虹を龍の化身と考えていたといいます。特に龍神さま、蛇、水などを祀る神社仏閣にて虹を目撃したなら、幸運のサインと考えても良いのではないでしょうか。

②神事に出くわす

神社仏閣にて、お神楽や結婚式に出くわすのも縁起が良いとされます。もちろん、珍しい機会にたまたま立ち会えるご縁があった、という点が吉兆とされる理由でしょう。

あるいはご神事の意味を考えますと、あらゆるお祭りは本来、神様を降ろす儀式に起源がありますよね。

つまり、神様がお出ましのその日に偶然お目にかかれた、と考えることができますから、その意味でも縁起が良い、ご縁のある神仏なのかもしれませんね。

③縁起の良い動物を見る

伊勢神宮など比較的大きな神社へ行くと、厩などでご神馬を見かけることがありますね。もともと、馬は神様への捧げものとされてきた神聖な生き物でした。

なかでも白馬は、昔から目にすると縁起が良いといわれており、お正月の頃には新年の厄払いの意味を込めて、参拝者の前にご神馬を連れ出す神事などもございます。

馬、鶏、猿、鹿、蛇などはいずれも、神様のお使いと考えられてきた生き物ですから、もしお参りの時に見かけたのなら、幸運の印といえそうですね。

④神様ご自身からのサイン

例えば、私のツアーに参加してくださる方の中にも、直前にその神社の夢を見た、いきなり口から「○○神社」と名前が出たなど、少し珍しい経験をする方がおられます。

私自身も初めて参拝した日に、夢などに神様が出て来るなど似た経験があります。

これは不思議体験のうちに入りますが、古来、夢などで神様がお告げをくださるという話は多くありますから、伝統的に考えればこうした経験も、神様からの歓迎のサインと考えてよいのではないでしょうか。

 

番外編:神様に呼ばれるとは?

それから歓迎と似たもので、神様に呼ばれたとか、呼ばれないと行けないなどの考え方もあるようですね。

神様に呼ばれているサインは、例が限られるのですが、以下のようなものが挙げられます。

①特定の神社仏閣の存在感が増す

急にある神社や神様が気になって仕方がなくなる、SNSの投稿で同じ神社の記事を何度も目にする、などの偶然が重なり、その存在を無視できなくなったとき、その状態を神様に呼ばれるという時があるようです。

②思いがけず神社仏閣にたどり着く

ドライブ中、なぜかある方角が気になって仕方がない。あるいは電車やバスを乗り過ごしたら偶然、神社にたどり着いてしまった。そんな経験がある人は、意外に多いのではないでしょうか。

もちろん偶然そうなるケースもあるでしょうが、その後、不思議とその神社に関するご縁が出て来るならば、神様に呼ばれたと考えても良さそうですよね。

③参拝の困難な聖地にたどり着く

なお、呼ばれないと行けない神社の定番は、紀伊山地を代表する霊場・玉置神社のことですね。

熊野三山の奥の院ともされる玉置神社は、きわめて山深い場所にあり、台風や積雪などがあれば、いとも簡単に通行止めになってしまいます。

遠方から訪れても、気象条件が悪く断念せざるを得ない人、いとも簡単に参拝の叶う人、その差が激しかったことが、神様に呼ばれないと行けない、とまでいわれるようになった理由のようですよ。

④現実的なご縁を得る

つまり、その神社やお寺でお手伝いをすることになるなど、現実的にご縁ができる場合です。神社で働くことになったり、嫁入り・婿入りなどの話が来たりするのは、何よりも明確な呼ばれたサインであるように私は思います。

 

神様に歓迎されていないサインがある?

一方で、皆様がこぞって心配しておられたのが、神様に歓迎されない時のサインで、不安を感じる理由になっている様子でした。

歓迎されないサインとは、例えば急な体調不良や天候悪化のために参拝中止になる、電車や道を間違えて神社にたどり着けないなど、偶然のアクシデントの結果、お参りがスムーズに行かないことを指すようです。

あるいは、参拝作法を間違えてしまったとき、悪気はなくても粗相にあたる行いをしてしまったときに、境内で転ぶなどの不運が重なると、神様を怒らせたのでは・・・と心配になってしまうとの声もうかがいました。

 

神様に歓迎されないことが本当にあるの?

神様や仏様からのサインについて、先に考えておきたいことがあります。それは、そもそも神社仏閣から歓迎されないことなんてあるの?ということ。

私の経験から申せば、確かに最初の敷居が高いと感じる場所、吸い込まれるように惚れ込んだ場所など、違いはありました。でも、これは歓迎の有無よりも、相性の問題ではないかと思っています。

というのも、例え初めにとっつきにくい印象のあった神社仏閣でも、誠意を込めてお参りしていると、3回目ころから馴染みやすくなる経験を何度もしたからです。

悪戯でもしたならともかく、現代の神社には色々な人が普通にお参りしており、観光だけが目的の方も多いですよね。

神様のサインを気にするほどの方は、基本的に心を込めて神仏に向き合おうとしているはずです。そんな方が、際立って歓迎されないことなど、本当にあるのでしょうか。

 

歓迎されていないと考える前に

確かに、稀にどうしてもこの神社はダメだ、という場所にあたってしまう方がおられるのは事実です。

私の知るかぎりですと、日本の総氏神とよばれる伊勢神宮、万物のご縁を計らってくださるはずの出雲大社であっても、合わないと感じるという人がいました。

このようなケースについては、神様側が歓迎していないのではなく、単純に相性の問題が大きいように思います。

あるいは神田明神と成田山新勝寺のように、特別な関係の神社仏閣の関係者は、お互いに近寄るべからずとの言い伝えが古くはあったともいいます。

いわく、ご祭神(神田明神の将門公)が調伏されたお寺(成田山新勝寺)には、その崇敬者も近寄らない方が良いという言い伝えです。

しかし、両方に参拝した経験のある方は意外に多く、私の知る限りでは禁を破って問題が起きたとの話は聞いたことがありません。

 

拒絶サインと似て非なるもの

実は、神様に歓迎されていないサインといわれる現象のいくつかは、神様の拒絶ではなく、別のことが原因んで起こる現象とも似ています。一般的にいわれるのは、次の3つでしょうか。

①神様のサインではなく、自分自身が低調期にある

例えば、日程変更の難しい旅行先でお参りをする場合、女性であれば生理期間と重なってしまえば、良くないかなあと不安になりますよね。

他にも、精神的に仕事に追われたままの休暇や、慣れない道を運転した後の注意散漫などでも、ちょっとしたアクシデントは起こり得ます。

万が一、神社仏閣で経験したサインの原因が自分側にあるなら、それを神様の怒りのように捉えるのも、かえって失礼かもしれません。気持ちを落ち着けて、気になることには丁寧にお詫びをするなど、誠意を持って接するよう心掛けてはいかがでしょうか。

②その神社仏閣で、前世に特別な経験をしている

これは非常に珍しいケースですが、前世に忘れられない経験をした場所に行くと、感情が強く揺さぶられるといいます。

非常に古くから鎮座している寺社でしたら、もしかしたら前世に訪れた影響が出ているのかもしれませんね。

③ネガティブな存在が一時的に憑いている

人間に憑いたものが、神仏を嫌がって足止めをするという話を、聞いたことがあるかもしれませんね。ネガティブな何かが憑いている期間、人間の意識はそこからの影響を受けてしまいます。

するとその人間には神社仏閣が怖いとか苦手とか感じたり、神官・僧侶のような存在に敵対する感情が生まれたりします。こうした心の葛藤は時に、神様に歓迎されていないのでは、と錯覚させるのですね。

ネガティブな何かが不安を煽っていることもあるかもしれませんが、その一方で、こうした良くないものを拾ってしまう時期というのは、心身の不調期にも多いものです。ゆっくりと休養して、気持ちを切り替えてみるも良いのではないでしょうか。

 

歓迎よりも信頼を目指して

先に挙げた現象のうち、①と③は自分の不調が根本的な原因になっていること、気がつかれましたか?

一方で、伝統的な考え方では、人間に元気をくださる存在こそが神様とされてきました。仏様も合掌礼拝することが、仏の道の第一歩ですよね。

とすれば、神仏との縁結びの第一歩は、お参りすること自体にあるのではないでしょうか。

スムーズに行かないことがあっても、それを拒絶サインと考えたり、まして行くのを取りやめにしようと考えたりする必要もないでしょう。

見えないものに敏感な方ほどむしろ、細かいサインに捕らわれず、大好き!と自然に言える神様・仏様との関係を結んでいきたいですね。

特に寺社の場合、場所によって一生に一度しかお参りできないところもあるでしょう。

貴重な機会を、神様に歓迎されていないのでは・・・という不安に負けず、存分に楽しんでいただきたく存じますよ。

 

本日も最後までお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました!

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