【京都】日常の不思議な話

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皆様、こんばんは。随分ゆっくりお休みをいただいてしまいましたが、新年いかがお過ごしでしょうか。

おかげさまで、私の方は本業もはかどりまして、コロナ関連の医療製品を、いくつか世に送り出すことが出来ました。

新天地に居を移してから、あっという間に時間が経ちましたが、自分が心から好きな土地で、大好きな神様と暮らせることには、無上の喜びがあります。

本日は、私が日常で出会ったささやかな神様の話を紹介さし上げたいと思います。不思議な話のお好きな皆様、よろしくお付き合いくださいませ。

 

(初稿:2021年1月18日)

 

お稲荷さんと初詣

今年の初詣は、元日からは日付をずらすことになったものの、初めて伏見稲荷大社へうかがいました。今や伏見稲荷大社は、京都市内でも1,2を争う人気スポットです。

お正月は余程、混雑するのではないかと思いましたが、日付をずらしたこともあってか、思っていたよりは空いていました。

面白かったのは、いつもより溌剌(はつらつ)としたお稲荷さんの雰囲気です。御眷属たちの「よっしゃ!」という声が聞こえて来るような、前のめりのやる気に境内が満ちあふれているのです。

私は、自由に神様と会話できる訳でもありませんが、おそらく御神前での御心ならば、多少敏感に分かる方です。

その感覚からいえばですが、お正月というのは、御眷属にとっては自分たちの力の見せどころなのでしょう。新年のご加護を参詣者に授けよう、という前のめりな意気込みがとにかく凄い。

それでも、今年はコロナ禍の影響で例年よりは参詣者の数が減っていたのでしょうから、御眷属たちにとっては少し物足りない様子でした。

せっかくなので、私も新しく土地をお借りすることのお礼を申し上げると共に、新年のご加護と家族の健康を祈って参りました。

それにしても、お稲荷さんというのは本当に集団で、皆で一緒に何かをやる、そんな場面が大好きなんですね。人が集まって来るとか、自分たちでも群れになって競争するとか、団体行動が大好きなようです。何だか人間と似ているようで、親しみが湧いてしまいました。

 

東寺の空にいる龍神

伏見稲荷とゆかりの場所、東寺でも少し面白い経験をしました。東寺といえば、弘法大師空海の創建したお寺として有名ですね。

空海には様々な伝説がありますが、京都市内を舞台にした逸話の中で有名なのは、雨乞いの話ではないでしょうか。

伝説によれば、その昔、やはり京都にあった西寺というお寺の僧侶・守敏と、雨乞いの祈祷で法力の比べをしたといわれます。先にご祈祷を行った守敏は、雨を降らせた後、日本国中の龍神を隠してしまい、このために空海はなかなか雨を降らせることができませんでした。

国内の龍神を頼ることができないと悟った空海は、なんと遠く天竺から善女竜王という龍神様を召還し、雨を降らせ、見事勝利したということです。

この話が、史実かまでは分かりません。しかし、東寺の周辺をとり巻く、京都市内でも異質な土地のパワーを感じると、さもありなん、と私には思えました。

すごく不思議なのですが、東寺のあるエリアでは、地上と上空で、全く違う気が流れているからです。この上空の気というのが、どうも海や港の気配にそっくりなんですね。

私も、そんなに敏感な方ではないので、直接、高いところに出てみるまでは、こうした違いに気が付きませんでした。観光目的でお寺の参拝をした時は、地上のことしか気にしていなかったので、素通りしていたようです。

興味のある方は、京都駅方面から東寺へ徒歩で向かい、歩道橋など高さのある場所に出てみてください。伏見稲荷の御旅所から先になると、てきめんに分かりやすくなるはずなのですが、気持ちを上空に馳せると、そこから吹き抜ける海風のようなパワーの流れを感じるはずです。

海がないはずの京都市の空に、ぽっかりと口を開ける大海原を感じる度に、私はこれが天竺から来たという龍神の気配なのではないかな、と感じています。

この通りならば、弘法大師空海の雨乞い伝説は、何か実在するご祈祷のエピソードを今に語り継いでいるのかもしれませんね。千年前の京都の様子がしのばれる、不思議なパワースポットです。

 

京都の厄除けを担う神様

京都の社寺について、もうひとつ、印象に残った出来事があります。西陣の晴明神社です。

1年近く前の話になりますが、コロナ禍がいよいよ日本に広がる少し前に、いつになく晴明公が厳しい顔をしていた時がありました。

以前、関東に住んでいた頃の私は、苦手な人混みを避けたいのと、京都市内でも力の強い土地で体を休めたいのとで、コロナ禍のはじまる前からずっと、よく西陣界隈に宿をとっていました。

西陣の雨宝院と共に、晴明神社にも何度も足を運んでいましたが、2020年の1月にお邪魔した時だけは、本当にいつもと違う神様のような表情をしておられました。今になって考えると、あれば疫病への警告だったのかもしれないと思います。

正直に申せば、今の晴明神社に居られる神様が、晴明公その人なのか、後世の人たちの祈りが作り上げた神様なのかまでは、私には分かりません。

陰陽師の神様ということで、人によって相性が分かれるのか、読者の皆さまとお会いした時に質問を受けることが比較的多かったのですが、少なくとも私にとっては何ら怖いことはない、個性派の神様です。

ただし、一般的には陰陽道や占術の神様とされていますが、本来は疫病や退魔の力が抜きんでている神様なのではないか、という風に印象は変わりました。

そういえば、現在の京都で最も有名な疫病除けの神様・八坂神社は、中世の頃、安倍晴明を信仰していた歴史があるといいますね。

しかし、八坂神社が晴明公を崇敬していた事実を考えれば、晴明神社の方にも疫病除けや退魔の力があったとしても、不思議ではない気がします。占いの神様としての力も相まって、迫る疫病の禍を予知しておられたのでしょうか。

なお、晴明神社には主祭神の他にも、晴明公の母であったという白狐・葛葉をご祭神とする稲荷社が鎮座しています。

このお稲荷さんが非常に強くて、眩しく輝く黄金色の光をたまに見たりするので、私はいつもこちらにもご挨拶するようにしています。陰陽師の神様であるばかりでなく、西陣地域を守護するお稲荷さんであることも、念頭においてお参りするのが良いと思われます。

 

以上、とても久しぶりなうえ簡単ではありますが、京都の不思議な話をいくつか申し上げました。久しぶり過ぎてブログの書き方を忘れてしまい、びくびくしながら更新しました。

ブログ、メッセージなどもすべて長らく放置になってしまいましたので、ご連絡いただいていた皆様には大変ご不便をおかけしました。今更ですが、順次返信をして参りますので、ご容赦いただけますと嬉しく存じます。

それでは、本日も最後までお付き合いくださった皆さま、ありがとうございました!

1件のコメント

  1. 素敵な記事をありがとうございます。とても勉強になっています。 
    大好きな土地で大好きな神様と暮らせる幸せ、本当に素敵なことだと思います。

    私も心ゆくまで神社仏閣に参拝したいと願う、都内のしがないOLです。実際は仕事に拘束され、毎日疲弊しきっています。

    時間・体力・経済力が揃い、あちこちの聖地に溌剌と参拝する知り合いも大勢いまして、彼女たちのSNSには、虹のオーブや光のシャワーが映り込んでいる神々しい写真、身に起きた不思議で素敵なエピソードでてんこ盛りです。

    そんな彼女たちの中には、人間的に首を傾げてしまう人もいます。でも、熱心な信仰によって奇跡や幸運をどんどん掴み取っているように見えます。

    私はマジメに生きてきたつもりですが、そんな彼女たちを見て分からなくなってしまいます。
    参拝もできないのは神様に好かれていないのかしら?霊性が低いのかしら、と悲しくなります。

    参拝できる人とできない人。神様からしますと、この差はどこにあるのでしょうか?

    あらた

桑原 早苗 くわはら さなえ へ返信する コメントをキャンセル