子宝祈願したい人は行くべし!出雲 八重垣神社

皆様、こんばんは。更新が開いてしまい恐縮です。本日は、まだ紹介をさしあげていなかった出雲・八重垣神社さまについてお話して参ります。

よろしくお付き合いくださいませ。

▼目次

(初稿:2020年3月5日)

 

八重垣神社とは

八重垣神社は、出雲大社と並ぶ縁結びの神社として知られます。

素戔嗚尊(すさのおのみこと)と奥様の櫛稲田姫さま(くしなだひめ。神社さんの資料が稲田姫=イナダヒメとしているので、本記事では稲田姫とします)のご成婚にまつわる伝説が残っていることから、縁結びのなかでも特に男女の恋愛、夫婦和合に関する祈願に訪れる方が絶えないとのこと。

2神のほかにも、大己貴命(おおなむちのみこと)、青幡佐久佐日古命(あおはたさくさひこのみこと)など4柱の神様が鎮座しておられました。

このほか、八重垣神社の宝物殿には平安時代の壁画が残されており、当時の宮廷画家・巨勢金岡が描いたという神様がたのお姿を拝見できます。

 

八重垣神社アクセス

八重垣神社へのアクセスは本来なら車が便利ですが、バスでも行くことができました。

路線バス

松江駅4番のりばから、松江市営バスにて20分弱。八重垣神社バス停下車すぐ

バスの本数が多く、乗り継ぎなしでアクセスできるため、出雲の神社の中でも交通の便は良い方というのが私の印象でした。

 

八岐大蛇伝説のあらすじ

八重垣神社といえば、もっとも有名なのは八岐大蛇(やまたのおろち)伝説でしょう。

あらすじ

素戔嗚尊が高天原から地上へ降りた後、たどり着いたのは出雲の斐の川のほとりでした。

そこには八岐大蛇という恐ろしい化け物が棲み、年に一度、人間の娘を生贄にして食べてしまうというので恐れられていました。

素戔嗚尊は生贄に差し出される予定だった娘を救うため、杉の木の周囲にめぐらせた垣根の中に彼女を隠します。

いざ八岐大蛇を退治すると、化け物の尻尾から剣が出てきました。素戔嗚尊は剣を姉の天照大御神へ差し上げることにし、助けた娘と結婚しました。

この物語は、おそらく日本でもっともよく知られている英雄の伝説ではないでしょうか。

神社の名前になっている八重垣とはつまり、稲田姫を八岐大蛇から隠すために、素戔嗚尊が築いた垣根のことなのですね。大蛇の尻尾から見つかった剣は、その後、草薙の剣と呼ばれて三種の神器になりました。

こうした伝説が残る八重垣神社は、当然ながら素戔嗚尊と櫛稲田姫(=助けられた娘)ゆかりの聖地。連理玉椿という相生になった椿があるなど、今でもご夫婦の神様であることを意識させる場所となっておりました。

おまけ

八俣の大蛇伝説について、一通りのあらすじを読んでみたい方は、神社本庁のホームページにも掲載されています。

他にもいくつか、古事記の重要なエピソードを選んで公開しておられますので、覗いてみると良いでしょう。

 

山の神様と子授けのご利益

八重垣神社には、山神神社(ご祭神:大山祇命)と呼ばれるお宮が鎮座していますが、こちらは非常に独特。というのも、一目で性信仰の神様であると分かる佇まいをしていました。

鏡の池へ続く参道をみても、同じように性シンボルをかたどる木像がズラリ。

八重垣神社の公式の記録では、近隣の土地から引っ越しして来た神様ということになっていますが、私としては地域に古くから性信仰があったのかも?と思いました。

神社と性の話題は一般メディアではタブー視され、なかなか耳にしない話題かもしれません。しかし、もっとも古い時代の神事では、性エネルギーとは豊穣をもたらすパワーそのものとして崇拝された歴史があるのです。

八重垣神社は、今でも縁結びの神社として知られていますが、根底には地域の性信仰がある印象を受けました。本来は、ただ結婚相手の出現を願う縁結びより、子宝祈願こそが得意な神様なのかもしれませんね。

考えてみれば八重垣神社のご由緒も、神様同士の正式結婚にあやかったもの。この時代なら、正式結婚と子宝をセットで考えていたでしょうから、結婚祈願と子宝祈願は、古くは同じ部類の願い事だったのかもしれません。

お子さんを授かりたいご夫婦には、是非ともお勧めしたい子孫繁栄のパワースポットでございました。

 

佐久佐女の森と八雲立つ和歌の国

もうひとつ八重垣神社といえば有名なのは、素戔嗚尊が稲田姫さまとの結婚をお祝いして読んだという、次の和歌でしょう。

 「八雲立つ 出雲八重垣 妻込めに 八重垣造る その八重垣を」

記録によれば、素戔嗚尊と稲田姫が新婚生活を送ったのは、須賀という地名とされていますが、同様の伝説が八重垣神社にも残っているそう。

奥の院と呼ばれる佐久佐女(さくさめ)の森は、上記の和歌に登場する八重垣のあった場所と言われているとうかがいました。この通りなら、八こちらは高天原を去った素戔嗚尊が、初めて得た安住の地といえるのかもしれません。

八雲立つ~の和歌には、夫婦神の結婚の喜びが詠みこまれているのですね。

伝説のとおり佐久佐女の森には、稲田姫ゆかりのものが数多くありました。稲田姫さまが身を隠している間、飲み水に使い、姿見の鏡にもしたという鏡の池。鏡の池は別名を姿見の池と呼び、おみくじを水面に浮かべるタイプの占いが人気です。

鏡の池の奥のお宮には天鏡神社と呼ばれ、稲田姫さまがご祭神でした。他にも、素戔嗚尊との結婚を象徴するような夫婦杉などもあり、女性に喜ばれそうな縁起物がいっぱいでした。

個人的には、特にロマンチックな良縁を祈願したい女性にこそ訪れてみて欲しい、と感じましたよ。

 

八重垣神社と日本神話のつながりは?

ここからはいつも通り、私の勝手な考察です。八重垣神社に残る神様の足跡を全体的に見ていくうちに、私にはあれっと思うことがありました。

何かというと、八重垣神社は出雲の神様でありながら、色々な部分が諏訪大社や伏見稲荷(=秦氏)を思い出させるのです。

八重垣に稲田姫が隠れたという伝説などは、どう考えても「お籠り」のエピソードで、御柱を建てて地中に籠るという、諏訪大社の上社前宮に伝わるミシャグチ神を思い出します。

諏訪には実際、健御名方神(たけみなかたのかみ)という出雲から逃げて来た神様の伝説もありますね。日本海側で交流があったんだなあと、古代人のお付き合いが偲ばれます。

もうひとつ八重垣を造って囲んだものが杉の木であったという点も、古代史好きに気になる点。

杉の木を聖なるものとする考え方は、秦氏ゆかりの神社でよく耳にします。八岐大蛇を酔わせた道具が「酒」であったことを考えても、どこか秦氏や葛城の賀茂族を思わせる気がしました。

 

以上、八重垣神社の参拝レポートでした。

本日も最後までお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました!

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