人生の困難は本当にカルマのせいか?という疑問

皆さま、こんばんは。

今日は生まれ変わりについて、少しデリケートなお話をさせていただこうと思います。

神様やカルマの話をする時に誰もがぶつかるテーマ、生まれつきの不幸や災害による被害について、私が分かる範囲で説明させていただきます。

前世やカルマの話を持ち出すと、必ず出てくるのが病気、事故、災害といった人生の困難に直面するひとがいるのはなぜか、という疑問です。

これに対して、京都にいる間に少しだけヒントになるものが見え、そのことが私の考え方を変えるきっかけになりました。

なので、今日お話しするのは当ブログだけで唱える説になります。

それでもよいという方だけ、よろしければお付き合いくださいね。

 

 

人はなぜ生まれ変わる?

私以外の精神的な話をされている先生方は、先に挙げたような先天的な要素の強い困難について、ほとんどの場合、以下のように説明をしています。

  1. 成長した魂が自らの意志で、更なる学びのために特別に困難な人生に挑戦している。
  2. 前世で自分が加害者となった行為をつぐない、また被害者の気持ちを理解するため。
  3. 霊障、先祖の祟りなどの外的要因。

 

きっと、精神世界に興味のある方であれば、このような話を聞いたことがありますよね。

私自身も、現代医学で解明されていない病気を患っていますし、どうしてこんな状況になったんだろう、ということが知りたくて、一生懸命に調べていた時期もあったんですよ。

それでも、どんな本を読んでも、どれだけ著名な先生のお話をうかがっても、腑に落ちる説明に出会えたことがありませんでした。

特に、これは本当に気軽には申し上げられないことですけれど、戦争や災害で早逝される方や、虐待を受けて亡くなる子供たちも、世の中にもいる訳じゃないですか。

そんな重大なことが、果たして「学び」の一言だけで片付くの?と、正直なところ思っていたんです。

 

本当にその通りなら、私の病気も諦めるしかないのかなあ、と思いながら過ごしていた私が、定説とは違う考え方をするようになったきっかけは、次のような体験でした。



奇跡を叶えたダンサーの前世

宿泊していたマンションのテレビを付けたところ、ふと目に留まった番組があったんです。

それは、とある国際的に有名なダンサーに関するドキュメンタリーで、その時までは私も、その方のことは知りませんでした。

モダン・ダンスについて全く分からない私から見ても、目が釘付けになるような、本当に生き生きとしたダンスが魅力的で、つい番組に見入ってしまったところ、集中力が活性化されたためでしょうか。

たまたま、その方の前世が垣間見えてしまったのです。

あくまでも私が言っているだけの話ではありますが、そのダンサーさんはおそらく、前世で肉体的な障害があったようなんです。

現世でダンサーとして活躍しているのは、前世で体を動かせなかった分、今世では体を動かせる喜びを味わい尽くすため。

踊りが輝くほどに生き生きして見えるのは、ただ動けるということの喜びが、普通の人の何倍もあるからでしょう。

万人を惹きつける驚異的な身体能力と表現力は、前世で我慢しなければいけなかった分まで、今世での才能として余分にプレゼントされたもののように、私には見えました。

口下手だから踊りで表現したい、ともその方は仰っていたのですが、見た限りでは前世で会話能力に不自由があったために、今世でも話すことに対する不安が抜けないのかもしれないな、と思いました。

 

 

因果にはプラスの要素だってある

きっと、この方が前世で経験した困難は、本人にまったく非がなかったのでしょう。

たまたま何かの事件や事故に巻き込まれてしまったり、本当に生まれつきハンディキャップのある状態で生まれたり、という大変な状況を経験したのだと思います。

それは、自分で選んだわけでもなく、何かを償うためでもありません。

(私がこうした考えを否定したいのは、大変な目に遭っている人に、言葉巧みに自己責任を信じさせようとする人がいるのが嫌だからです。)

 

前世のせいだ、と独りで悩みを抱え込む必要はありません。

 

人間は間違いを犯すものですから、第三者の過ちで関係ない人間が大変な目にあう、ということは、やっぱりあるのではないでしょうか。

現実世界とは違うところにある神様や守護霊が、生身の人間を手取り足取り護りきるというのも、やはり難しい時があるのかもしれません。

そうした条件が重なって、やむをえず渦中に身を投げなければいけない人が、社会にはいつも一定数いる、そう思うようになりました。

そして、それでも人生を全うした命には、このダンサーの方のように、絶対にその分の埋め合わせがあるのだと思います。

神さまは残酷でも無慈悲でもないし、困難の中にいる人間を見捨てている訳でもない。

この方の例などを拝見していると、心からそう思うんですよ。

 

 

自己責任論に騙されないで

わざわざデリケートな内容に触れたのは、私も治療法を探して歩いていた時に、もっとひどい病気の方にもお会いして、そういう方につけ入ろうとしている人も見たからです。

本当に苦しい人生を歩んでいる人ほど、冒頭で紹介したような3つの説明にとらわれてしまって、前向きに生きられなくなっている様子を、この目で見ました。

病気や家族の問題で苦しい時に、追い打ちをかけるようなことを言って、あなたからお金をむしりとっていこうとするような人間がいたら、

相手にしないでほしいと思うんです。

ましてや、あなたが辛い状況にいることを正当化するように、それが自己責任であるかのような説明だけ与えて、そのまま雨風に打たれるようにして生きろ、という人がいたなら、それはおかしいと私は思います。

 

魂のこと、人間の輪廻のことは、今世だけでは語りきれません。

だからこそ、どんなに大変な状況にいる人でも、夢は持っていいんです。

一般的には生まれ変わりとは、魂の修業のためにある、と言いますよね。

けれど私としては、神様が生まれ変わりのシステムを作った理由は、それだけではないと思います。

流れ弾があたるようにして降りかかってくる困難はやはり存在しますが、そんな時にも人間が泣き寝入りしなくて良いように、また生まれ変わりというシステムが、チャンスをくれる。

神様は決して無慈悲な存在では無く、人間を見捨てたりもしていない。

前世で悲しい経験をした分の埋め合わせまでつけて、次の人生に送り出してくださる。

今世が理不尽に思えたとしても、素敵な来世が絶対に待っている。

 

たった1時間、テレビ番組で見かけただけでしたが、こちらのダンサーの存在を知ったことで、私はこのようにカルマの仕組みについて学ぶことができました。

今世でも来世でも、受け取れるだけの幸せを受け取りながら、前向きに生きていいのだと教えられ、私としては大変に感動したできごとでした。



最後に

本日のテーマは表現が難しかったため、どこかで不快に感じるような言い方をしてしまったかもしれません。

それでも過剰に自責の念に囚われている方が減れば、と思いあえてこの内容に触れさせていただきたいと思いました。

前世は確かに存在すると私は思いますが、一方で、世間ではカルマという怖い話ばかりを説き、幸運の種(good karma)を紹介する人間が少なすぎるんじゃないか、と思ってきました。

生まれ変わりや人生というものは、決して出来の悪い自分を罰するようなものではありませんよ、ということが言いたかったのです。

お許しくださいませ。

 

以上、本日も最後までお付き合いいただいた皆さま、ありがとうございました!

 

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